ヤマトタケル
久々の取材です。今回は六十の手習いということで、古事記に登場する横須賀の走水神社をご紹介します。
古事記の中で一番好きな話は、日本武尊(ヤマトタケル)の妻である弟橘媛(オトタチバナヒメ)がヤマトタケル東征の際に、海の神の怒りを鎮めるために自らを犠牲にして海に入水する場面です。
ヤマトタケルが軍船で走水の海を渡ろうとしたところ、その海の神が波を起こしたため、船はくるくると回転してしまい、すると、この船に一緒に乗っていたオトタチバナヒメが 「わたしが、この乱暴な海の神を鎮めるために、あなたのかわりに海に入りしましょう。あなたは、天皇の命を完遂してほしい。」
そうして、オトタチバナヒメは、次のような歌を詠み海中に身を投じたといいます。
さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも
「これも、あの相模の国の野で賊にだまされ火攻の難に遭遇した際、燃える火の中で、わたしの名を呼んでくださった愛するあなたのためですもの。」
マイカーで行けば一っ飛びなのですが、温故知新という思いもあって電車バスを乗り継ぎ目的地へと向かいました。(京浜急行浦賀駅から観音崎行きのバスに乗り終点観音崎で下車、観音崎ボードウォークを経由し、徒歩10分)
日本武尊(ヤマトタケル)弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)を祀る走水神社
手水舎(てうずや)深さ30mより湧き出ている真水です。富士山より永い歳月を掛け、この辺一帯に湧き出ていると言い伝わっています。
日本武尊(ヤマトタケル)から賜った冠を石棺に納め、その上に社殿を建立して御祭神を祀っているといわれる。
社殿に寄り添うように建立された弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)を祀る別宮
明治43年に東郷平八郎海軍大将、乃木希典陸軍大将らによって建立された弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)の記念碑
つかの間の古事記の旅でしたが、オトタチバナヒメの辞世の句は献身的な夫への愛に満ちあふれていて感動しました。
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コメント
すぎったさん、その通り最高の挙式でしたね。
すぎったさんのお衣装もね。
お恥ずかしながら地元走水が古事記に登場していたことを初めて知り、改めての参拝でした。
毎朝毎晩、自宅の神棚には合掌しているのですが、いくつになっても勉強ですね。
季節の変わり目、相棒さんと共に、くれぐれもご自愛くださいね。
投稿: お宮 | 2013年9月23日 (月) 17時27分
(◎´∀`)ノ早いもので、秋分の日ですね。
熊っちさん、みきちゃん素晴らしい結婚式でした。
ホントに良かったね。
そして素敵な披露宴ありがとうございました。
お宮さん、大ちゃんさん楽しい祝辞最高でした。
いつの間にやら、お宮さんの作品も秋色のフレームですね。
良い季節です。
投稿: すぎった | 2013年9月23日 (月) 15時22分